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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)848号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐竹晴記の上告理由第一、二点について。

本件において原審の確定した事実は、本件家屋は被上告人の所有であつたが、被上告人はこれを上告人に対し賃貸したところ、上告人の妻祥亀子の過失により昭和二五年一月二一日全焼し滅失するに至つたというのである。ところで若し祥亀子の過失が重大なものであつたとすれば、同人は右家屋の所有者であつた被上告人に対し、所有権侵害による不法行為上の責任を負うわけであるけれども(明治三〇年法律第四〇号失火の責任に関する法律参照)、被上告人は第一審以来かかる請求をしているものではなく、賃貸人として賃貸物の滅失により、返還義務が履行不能になつたものとして、その責任を問うているものであることその主張自体に徴し明らかである。かかる請求においては、祥亀子は賃借人ではないのであるから、もとより被上告人に対し直接賃貸借上の義務を負担しているものではないが、賃借人たる上告人の妻として、上告人の賃借人としての義務の履行を補助する関係にあるものである。この関係は、妻は夫に従属するという観念に立脚するものではなく、たまたま本件においては祥亀子が賃借人でなかつたからに外ならないのであるから、所論憲法の条規とは何等関係なく、以上の如き判断をしたからと云つて憲法に反するかどうかの問題とはならないのである。さて民法四一五条にいわゆる債務者の責に帰すべき事由とは、債務者の故意過失だけでなく、履行補助者の故意過失をも含むものと解すべきであるから、履行補助者である祥亀子の過失によつて本件家屋が滅失したことは、すなわち上告人の責に帰すべき事由によつて、賃借物の返還義務が履行不能になつたものといわなければならない。原判決の措辞には、稍々不明確のところもあるが、ひつきよう上述の趣旨であること明らかであつて、論旨第一点引用の原判示には、所論の如き矛盾なく、論旨第二点もまた採用に値しないこと前説明によつて明らかであろう。

同第三点について。

債務者の責に帰すべき事由によつて履行不能を生じたときは、債権者の請求権は、解除を俟つことなく填補賠償請求権に変ずるものである(大審院昭和八年六月一三日判決、集一二巻一四三七頁参照)。論旨引用のその他の判例の見解は、当裁判所の採用しないところである。

その他の論旨及び上告代理人浜口重利の上告理由は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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